こんな風に考えてくれる人、今までいなかった。

たった一人でも自分のことを理解してくれる人がいる……

そのことがこんなにも私を勇気づけてくれる。


私もバインダーを本棚に返し、座ろうとした時、翔のケータイが鳴った。


「はい、もしもし。……えっ?巻いてんの?分かった。すぐ戻ります」


翔がケータイをパチンと閉じ、勉強道具を急いでしまい始めた。

「悪い。思ったより進行が早くて、俺の撮りらしい」

脱いだジャケットを慌ただしく着て、「じゃ、また」と翔が手を振る。


そうだ!


私は玄関まで彼を追い駆けて、ハンカチを差し出した。

「まだ、持ってて」

翔は急いで靴を履くと、ドアノブに手を掛け、振り向いた。

「綾乃さん、明日も会ってくれる?」

「え?!あ、はい」

「良かった。じゃ、また明日。今日は楽しかった」

翔が差し出した手に私も手を差し出し、お互いに握手した。

そして、ドアが閉まり、慌ただしく翔が隣の部屋に駆け込む足音がした。

「すんません!遅くなりました!!」

翔の焦る声が聞こえて、何となく微笑ましかった。


笑いながら、口元に添えられた右手を改めてじっと見る。


翔と手を握っちゃった……

私は握手した右手をそっと左手で包むと、頬に当てた。

翔の手はとても大きくて、温かくて、少しだけ、大人の男の人の香水の匂いがした。