ゆっくりと振り返ると、案の定あの男がいた。
そう、アイツだ。
ニッコリと微笑む江坂奏は、息を吸うことすら躊躇うほどの迫力を放っていた。
これは相当怒っているみたいだ。
まあ、あれだけ避けていたのだから、怒らないほうがおかしい。
少し冷静を取り戻した私は、せめてもの抵抗を試みる。
「もし、話を聞かないって言ったら?」
「いいじゃん、話を聞くぐらい。それに、姫野さんは凄く優しいからそんなこと言わないと思うし。
だけど、もし。もし、姫野さんがそう言ったなら……多分明日から学校で生きていけなくなると思うよ」
背筋がゾッとした。
少しトゲのある口調に皮肉が含まれる言葉。
どうやらこの男は私を悪者にしたいらしい。
雰囲気からして、ここで断れば確実に明日から私の居場所は消えるだろう。
なんてったって、江坂奏は女子に人気がある。
私のデタラメな噂を流されれば、一気に広まるに違いない。
しかも、その内容が江坂奏絡みだったら。
江坂奏と付き合っている、ひどいことをした、サイテーな奴だ。
いくらでも噂は作れる。
男子とも話せない私にとって居場所は無くなる。
それは辛い。
この男を敵にまわしてはいけない、直感でそう思った。
「わかった」
しぶしぶそう言うと、江坂奏はさらに微笑んだ。
「それじゃあ、場所変えよっか」
「ちょっと待って」
そのまま歩こうとする江坂奏を私は止めた。


