朝、目が覚めてから直ぐにゴーグルを付けるのが習慣になっている。

それどころか、付けたまま眠る日も少なく無い。

ゴーグルは仮想世界と現実との架け橋だ。

軽いノイズの後、仮想空間に立つ自分を認識する。

スーツにネクタイ。

一流デザイナの作品である仮体を鏡に映す。

「よし。」

私の仕事は、仮想空間での仮の姿である『仮体』の販売だ。

デザイナと契約し、顧客を集める。

客のニーズとデザイナの作風の折り合いを付ける。

仮体のデータを整理し、『かぶり』が無い様に注意を払う。

データが破損した場合は、有償で修復を行う。

ビジネスは予想以上に上手く行った。

仮想空間(こちら)でも現実(あちら)でも、それなりに良い暮らしが出来た。

「霞、今日の予定は?」

私の呼び掛けに宙に浮かぶ球体が柔らかな女性の声で答える。

「14時より混沌氏との打ち合わせ、其の後、クライアントと顔合わせが3件入っています。」

混沌は最近人気が出始めた、アニメ系の仮体を得意とするデザイナだ。

彼独特の流髪プログラムが自然な髪の揺らぎが出ていると評判だ。

「午前中は予定無しか・・・」

昨日は光酒を浴び過ぎてまだ頭がすっきりしていない。

光パターンで酔う光酒は、仮想空間で人気のアトラクションだが、法律で規制されると云う噂も有る。

そうなると、かえって浴びたくなるのは人の性だ。

「昼まで眠る、12時に起こしてくれ。」

私は、事務所に有るソファーに横たわる。

ログアウトするのもめんどくさい、このまま眠ろう。

ふと、仮想世界で見る夢は、やはり仮想世界だけの物なのかなと思った。

或いは、現実の世界で普通に暮らしていたりして。

「馬鹿らしい。」

私の呟きを、球体だけが聞いていた。