緩んだ温い風が頬を掠める。

夜の街をふわふわと漂う様に歩くあたしは、ネオンの灯りに溶け込んでいて。

でも、その希薄な存在感覚を楽しむように足を運ぶ。

街と云う大きな生き物の細胞の一つになったみたい。

軽く熱を持つ頭は、程よく感覚を麻痺させて、益々心地よい。

チクリと胸を刺す痛みさえも。

人の群れはまるであたしが見えないかの様に通り過ぎていく。

喪服を着て歩くあたしは、昼間なら確実に好奇の目で見られただろうけど、夜の街の懐は深い。

何だか透明人間になったみたいだ。

思わず口元に笑みが浮かぶ。

両目からは涙が止まらないと云うのに。

結局、彼の葬儀に乗り込む度胸は無かった。

心筋梗塞だなんて、なんだか想いの遣り場のない。

派手な霊柩車へ乗り込む、彼の脱け殻を乗せた箱が頭の中で繰り返し再生される。

あたしは、道を挟んだ物陰から、じっと見つめていた。

『結婚するのは、僕達だから、反対は気にしない。』

優しい声の記憶が鼓膜を擽る様に蘇る。

今は、只其の声を聞きたい。

一時でも夜の街から、軽やかにあたしを、引き上げてくれた彼の声を。

ふいに、辺りが暗くなる。

知らない間に歓楽街を抜けてしまった。

あたしは、立ち止まり振り返った。

暫く考えて、あたしの住むべき世界へと歩きはじめた。