「もう、消えて無くなってしまいたい。」

男が暗い路地裏で呟く。

青白い顔には生気が全く無い。

肩を落とし立ち尽くす彼はそこから動く気配は無い。

「ねーえ。」

不意に声をかけられ男がビクッと顔を上げる。

そこには、長い髪の女性が立っていた。

足を肩幅に開き、腕を組む女は、ダブりとした黒いコートを着ている。

「んだ、こルぁ。」

男の表情が豹変する。

目が吊り上がり、口は歪み、骨格すら変わっている様に見える。

「あーんた、もぅ死んでるね。」

女は、表情一つ変えない。

ただ、少し呂律の危うい喋りに嘲りが混ざる。

「向こうにいけないんだねぇ。」

「何ぬかしてんだ、あ」

男の顔に怯えの色が浮かぶ。

「良い物があんだよねえ。」

女は、ポケットから毛筆で何事かが書かれた小さな紙袋を取り出す。

「やるよ、成仏出来るよぉ。」

フフと怪しい笑みを浮かべる。

「何だ・・・それ。」

縋るような目付きで男が訪ねる。

「偉い坊主が浄化の念を込めた有難ぁい塩だよ。」

言い終わらない内に男が袋を女から奪い取る。

「体に振り掛けてみなぁ。」

女の妖艶な囁きが男の耳を擽る。

男は、頭上に袋を持ち上げると、一気に逆さまにする。

「おお。」

男の顔が恍惚に崩れる。

カサリ。

音を立てて落下した袋だけが、男のいた場所にあった。

「こんな、糞みたいな偽物で往けるなんて、バカな奴。」

しばらくボウっと立っていた女は、思い出した様に袋を拾い上げ再びポケットにしまう。

「これで往けるなら、とうの昔に私が先に往ってるよ。」

ユラユラとゆれながら女は声を上げて笑う。

「こいつで借金作って自殺した私の方がもっとバカか。」

女は、お腹を抱え、狂った様に笑い続けた。

しかしその瞳には、暗い闇だけが映っていた。

深い深い、絶望の闇の色が。