親父に叩かれたのは実に15年ぶりだった。男の力って強い。口ん中切れて血が出たし、2メートルくらい飛んで大黒柱に背中をぶつけた。なにこれちょー痛いんですけど。

痛みでなにも言えないあたしに親父は震える声ででていけと言った。ああはいはい出ていきますよ、あばずれでごめんねぇ。そのあばずれの父親のくせに。

母ちゃんがさめざめと泣いている。うっざい。ハンドバックを拾い上げ大黒柱に縋って立ち上がった。ちくしょう足が震える。
嫌なモノを見た。柱に刻まれた傷。横に何本も。
なきそうになる。全部全部、憎い愛しい。

足に巻きつく母ちゃんの手を振り払って玄関をの戸をひくと、愛しいひと。

「ねいひゃん」
口が切れててうまく喋れない。
「さとこ」
あたしの名前。
般若の顔をした彼女があたしを口汚く罵る前に力いっぱい抱きしめた。
だって傷ついちゃうもんあたし。
姉ちゃんがびくりと震える。ああ可愛いひと。強張った彼女の唇を奪った。
彼女が一歩後ろに下がった瞬間に走る。

走る。走る。

親父と母ちゃんを憎んで生きてきた。優しい優しい姉ちゃんを馬鹿にして踏みにじって泣かした。
姉ちゃんの旦那とやった。あははざまぁみろ。


ちらちら雪が降っていて顔に首にあたって散っていく。煩わしいなぁ。裸足って痛いわ。

必死に走ってたどりつく。あたしの一等好きな場所。

水平線が白く海風がごぅごぅなく。漁船がゆらゆら揺れる。

雪なんか冷たいもんか。少しだけ泣いてお腹を撫でた。お腹から生えた包丁の柄はもうすっかり冷たい。

あたしはあたしがあたしでしか無い事が嫌で嫌で仕方なくてそりゃもう現在進行形で何であたしは男じゃないのかとか何であたしは姉ちゃんと姉妹なのかとか何であたしは姉ちゃんを好きなのかとか何であたしは普通に愛せないんだろう、とかね。

ちょっと咳き込んで、灰色の空を見た。うっわ今気づいた雪ってフケみてぇ。

なにはともあれあたしはやったよくやった。愛すべき人たちを不幸にしてぐちゃぐちゃにして一瞬の幸せをつかんだ。

間違ってなんかないんだそのために生きてきた。もーイイ、サイコウ、大っ満足。





とどめのキスでした。

(大好きなひと)

たったそれだけでいい。




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