しかし、私の考えは相手には伝わらないらしい。

黒髪の方が声をかけて来たのだ。

「お兄さん一人?」

そんな事を答えても私に得はないはずだ。




私は極めて簡単、かつ短い返答をした。

「あぁ」

「じゃぁこっちのテーブルで食べませんか? ほら、人いっぱい待ってますし」

さっきと正反対の口調で私に話す黒髪はもっともらしい意見を私に述べた。

私にはその誘いを受ける理由はなくても断る理由はあった。

もし相手が好感の持てる相手ならば、私は喜んでその意見に同意しただろう。


しかし、注文したハンバーグが届く頃には私は黒髪の隣りでコーヒーを飲んでいた。


恥ずかしながら私は押しに弱い。

それに、待たされている客を思うと、その判断は決して間違ってはいないだろう。


金髪は話してみると、人間の出来た人に思われた。

少なくとも、黒髪よりは。


黒髪はさっきまでの口調とは一転し、穏やかに話始めた。


いろんな質問をされたが、私はそれを全て聞き流し、生返事をした。

黒髪はそれで満足しているのか、上機嫌になるばかりだ。


私はハンバーグを手早く胃袋にほうり込む。

嫌いな肉は私の体全体を刺激し、神経を刺激した。

「この後、私たちカラオケ行くんですよ。一緒にどうですか?」


人懐こい声で話かける黒髪に私は嫌悪以外の感情を抱いた。

それは決して良い感情ではなく、嫌悪の方がまだましなはずだ。


「カラオケ? それはいいな。私もこれから暇だったんだ」


私は至極明るい声で答える。

「じゃぁさっそく行きましょう。お兄さん、名前は?」

今度は金髪が質問してくる。

私が名前を答えてどうなるのか。

むしろ、今から私が行なう行為を考えれば、名前を教えるのは至極危険に思われる。

しかし、その危険も常人にとっての危険であって、その危険は私には通用しない。

名乗らない道理もないし、一応名乗ることにした。


私の名前を聞いて、やはり黒髪は人懐こい声で何やら騒ぐ。

その声は私の耳には届いていない。

君達の名前は…

と言いかけて口を閉じた。

死者に名前を尋ねるほど、私は馬鹿ではない。