「椎菜」
「はっ?」
「椎菜……狡い」
「はぁっ? 何言って……」
「藍楽は呼んでくれないんですか?」
「いっ……」
ムッと尖らせた唇でブツブツと恨めしげに豹を見据える藍楽に、思わずあんぐりとして固まってしまった。
苗字で呼ぶことはあれど、藍楽の名前で呼んだことは未だかつてない。
「……寂しいです、名前で呼んでくれないなんて」
しゅんと悲しげに俯いて見せる藍楽に豹は何度か口ごもった後、
「……藍楽」
ポツンと呟くように呼んで、藍楽を満面の笑みにさせた。
それを見た豹が掴んでいた手首を思わず引き寄せて、自分の前に藍楽をストンと座らせる。
そのまま背中からギュッと抱きしめたのは、キュンときたのが半分で恥ずかしさをごまかすのが半分だった。
「少しずつ慣れてください。……それまでずっと傍に居てますから」
そう言ってはにかんだ藍楽に豹がチュッと口づけをした。
しかしその後。
高熱で学校を休んだ藍楽に代わって元気になった豹が、
「生徒会副会長がまさか、放課後の保健室で何か熱が移るようなことをしたのカナ~」
と、生徒会室でいじられまくることになるのは、幸せなキスから24時間後の事だった。
終

