月夜の物語



「…誰だ、あれ、」



美人だった。

とにかく、見たこともないくらいに。

暗闇に浮かぶ彼女は儚げで、新は一瞬にして、彼女に心を奪われた。



逃げ帰って来た休憩室で、新はぜいぜいとため息をつく。

走ったから息があがっているだけじゃない。

彼女を思い出すだけで、バクバクと心臓が震えた。



「…姫、だったりして、」



噂に聞いていた、姫君。そうだと新は確信した。

寝具にあのような着物を使うなんて、タダ者ではないはずだから。



疑問はたくさんあったし、考えるべきこともたくさんあったが、頭が働かない。

ただ、ひとつ思うこと。

姫はどうして、あんなに苦しみ喘ぎながら泣いていたのだろうか。