「怒ってませんよ。本当にあなた達と関わりたくなかったならタクシーに相羽さん乗せてすぐ逃げてる。」
 そう、彼女たちのテリトリーに足を踏み入れたら、多かれ少なかれこのような状況になる可能性があるのは分かっていた筈だ。
 それなのにその可能性から逃げなかったのは……俺にもまだ「マキ」への未練があるのだろうか。
 苦笑しそうになるのを抑えて小林さんに向き直ると、彼女もこっちを見ていた。今晩見た中で一番優しい顔をして。
 「美沙の大好きな人が貴方で良かった。」
 俺に聞かせようとしたのかしなかったのかも分からない程小さな声で紡がれた言葉に、胸が小さく締め付けられる。
 所詮この子たちは夢に夢見てるのだ。あの頃の俺のように。
 しかし、今それを突き付ける勇気も資格も、俺には無いだろうと思った。
 「…じゃあ、俺はこれで…」
 後ろ向きになりかける思考を断ち切るように立ち上がると小林さんも慌てて立ち上がる。
 「多分男の人一人で出ようとすると面倒くさいですから、お見送りします。」
 マンションに入った際の厳重さを思い出し、その言葉に素直に甘えることにした。
 相羽さんがいまだ熟睡してるのを確認すると、2人でなるべく物音を立てないよう気を配りながら廊下に出る。
 小林さんがしっかりと施錠し、どちらともなく歩き出した。