いつものごとくざわめいている教室、それが響き渡る廊下もまたうるさかった。田舎には似合わないような、鉄筋コンクリートの真新しい校舎の外では、木々を住みかとしたセミの声が響き渡っている。季節は夏、気持ち悪くも感じる生温かい風が、校舎の中へ流れ込む。そんな、夏のある日。彼女は突然僕の前に現れた。

「光、見ろよこれっ」
不意に名前を呼ばれ、少し驚きつつ振り返る。
「藤代の奴今どきラブレター貰ってんよ」
そう言って、藤代の貰った手紙を手を高々にしてみんなに見せつけているのは安井。こいつはもう名前の通り本当に安い男なんだと思う。ハイテンションがいつも僕らに降りかかる、暑苦しい奴だ。藤代も藤代だ。手紙を貰ったことにを誇りにでも思っているようで、自分より背の低い安井から無理にでも手紙を奪おうとはしない。でも、そんなことを思っていても僕がそんなことを口にするわけがない。
「ずっり、藤代変われや」
そんなことを冗談で言って、そして、僕は笑う。ばかばかしいと思っていながらも、自分のことは置いておき、人に感情のチャンネルを合わせる。これが「僕」だった。いつもの、そして「いつも通り」の僕だった。
「とかいって、光だってそこそこモテんだろ」
藤代は僕に言うが、そんなことを藤代に言われてもそれほど嬉しくもないわけだ。藤代はイギリス人の母親がいる、いわゆるハーフというやつで、鼻立ちや目の彫、背の高さから見ても整った美形なのだ。ハーフという観念からして女子は藤代に惹かれるみたいだ。性格のせいかすぐに別れては付き合い、を繰り返しているようだが。…まあ、今現在の藤代の状況を見ても僕よりは遥かにモテる。
「お前に言われてもね、俺良くて中の中だし」
つまり普通、ってわけであって。そう言った僕に対し、藤代は少し考えながらも、
「あー…、うん、そんな感じ!」
「ちょ、すんなり受け入れんなや」
と僕の一言で、どっとこみ上げる笑い。人の笑いに合わせることに慣れると、自分でも笑いをとれるようになってきたことを、ここ最近実感していた。
そんな「僕」のいつもと変わりのない日常。僕の中の何かがぽっかりと穴を開けたままのいつもの日常。これがこれから先、何年何十年と続くなら、と考えるとゾッとしてしまうような、そんないつもの日常。

そんな、ある日。

の前日だった。