あれから27年。


あのときの赤ん坊だった会長と俺は酒を交わす仲になっている。


「………しくじった」


ウィスキーのロックグラスの中で氷がカランっと小気味よい音を立てる。


会長は目の前のソファに座り、煩わしそうに前髪を掻きあげた。


機嫌が悪そうではない。どこか緊張を帯びて、その表情は不安そうに歪んでいた。


珍しいことだった。


「ああ。病院での…。今刺客を送るべきではありませんでしたね。まさか逃げ出すとは…」


俺は会長のグラスにトングで氷を入れた。


照明を落とした薄暗い部屋に、琥珀色の液体が壁に反射して光の波を描く。


その色があの虎間 戒の眼の色に酷似していて、俺はちょっと目を細めた。


いつでも冷静で居なければならない俺が、この色を見るとどうしても心がざわつく。


あいつはまだガキだけど、あの体の中に底知れない何かを押し隠している。


いつか……いつか会長を脅かす存在になりかねない。


そんな懸念が浮かんでくる。


「大丈夫ですよ。私が姐さんに連絡して、余計なことを詮索しないよう伝えておきます」


「ああ…頼む。だが、俺がしくじったと思うのはそのことじゃない」


俺はトングを掴んだ手をちょっと止めた。


目の前の会長を見ると、彼はやはり何かに思い悩んだように眉を寄せていた。


「らしくないですね」


氷を入れる手を再び動かして、カラリとグラスの中で氷が鳴る。


会長がゆっくりとロックグラスを口に運ぶさまを俺は目を細めて眺めた。


先程……


会長はご自分の部屋に入っていった。


お嬢の居る―――部屋に。