夏休みに入ったばかりの7月下旬、
別荘での1週間の避暑休暇に出発する一家のその朝、

うきうきする気分とはやる気持ちとは裏腹に、
トラブル続きで、予定より随分遅れてしまった。

この時期、会社の別荘を1週間も借りられたのは、
父親の1年前からの計画のお陰。

姉の亜子が短大を卒業し、社会人になる前の思い出作り、
ついでに妹の地子の小学校卒業記念をかねている。

4つのドアがバタバタと閉まり、いざ出発の段になっても母親が

「あれを持っていかなくちゃ」
「あれじゃ判らん」
「糠床」
 皆が一斉に「えー」とブーイング
「でも、持って行かないと腐っちゃう」
「しょうがない 亜子持ってきて」
言われた亜子は「地子持ってきて」
そして糠床を積み込み、皆の意気を消沈させてからようやく出発する。
助手席の地子の足元に置かれた糠床に
「糠床積んだ車なんて東京走って無いよ」
 それでも車が動き出し、家を後にすると、早速、地子が
「音楽かけようか 何にする」
「何でもいいわよ」と姉の亜子
「お母さんは、昔の若かった頃のがいいな」
「ええ―」と大声を出し、
「昔のはセンチなのが多いからだめ」
勝手に自分で決める。
いきなりの大音響に父親が 「それは 音楽か」 
亜子も 「少し ボリューム落としなさいよ」
「判ってないなぁ」と言いながらも素直に従う。
犬のメロンは、助手席のダッシュボードに前足を掛け、
背を伸ばし、前方から流れて来る景色に夢中。