玄関を開けた瞬間、若草と土のにおいがするのに気付き、小巻は空を見上げた。光を遮りきれない薄灰色の雲から、糸の様な静かな雨が降っている。

(もうすぐ、夏だ)

 湿り気を帯びた若草と土のにおいは、小巻をどきどきさせる。胃の奥がじんとして、それが波紋のように全身に広がって、胸がきゅんとした。
 そのにおいを胸一杯に吸い込んでから、傘を取りに家の中に戻る。お洒落な模様の傘が数本突っ込まれた傘立てから、小巻は透明なビニール傘を選んだ。
 軒先でもう一度深呼吸して、小巻は仄明るい空に向かって傘を広げた。