「それじゃ、またね」


一般的に例えるならば、『可愛らしい』とか『守りたくなる』などという言葉がピッタリな女の子が小首を傾げて僕に微笑んだ。


その女の子は僕の彼女で、恋人らしく絡ませていた手を気分を害さないようにほどいた。


「うん。また、明日」


名前を呼ぶべきなのだろうが、忘れてしまった。
かわりに笑い返す。
自然に口角をあげて、目尻もやんわりと緩ませる。

いつか読んだ本で、目と口が笑っていれば嘘。愛想笑いだ、と書いていたけれど彼女は可愛がられてきた小動物。

自分が大切に可愛がられ守られているのだから、それで大丈夫だ。







―――――…


ハッ…と我に帰れば、僕はお風呂に浸かっていた。


蒸気でぼやける浴室で、僕は考察してみた。

あの後、たぶん在り来たりな言葉を交わして、まだ肌寒さが拭えない初春の夜風を実感しながら帰宅して……あとは脚本通りだ。


夕飯を食べて、家族と楽しく過ごして。

脚本通りなのだから、僕は無意識のうちにうまいことを言って家族と“楽しく”過ごしていたみたいだ。

ここまで『普通』過ぎると、逆に気持ち悪さを自分でも感じるが、誰もこの『普通』を壊そうとしないので僕もそれに甘んじて『普通』という日常を満喫している。



ここで一つ言うことがあるとするなら、僕という人間はいたって『普通』だ。

ただし、僕自身の視点での話だが。


伸びた前髪をかきあげながら、さっきまで考えていたことを思い出せば、肌がぞわ、と震えた。