たからもの

「弟くん。あの、茶髪の方。あれ貴方のお姉ちゃんの片思いの相手なんだよ」

「ちょ、ちょっと今日香!?」

いきなりトンデモ発言する今日香に翼が慌てる。
そして陽は珍しく目を丸くして驚いていた。姉の翼でさえも、こんな表情は見た事がない。

こんな状況でなければ写メの1つも撮っていただろう。

「え、そうなの?なんか俺、すっごく態度悪かったかなぁ。お義兄ちゃんになる人かもしれなかったんだね、あの人」

一応自分の態度については理解しているようだった。冗談を交えながらクスクス笑っている。

「ヒナちゃん、ちょっと黙ってて。それより今日部活は?」

話を逸らすために部活の話を持ち出す。甲子園常連の野球部だ。休みは1年に指で数えられるくらいしかない。それでなくてもエースなのだから、こんな昼間に駅を歩いているのはおかしい。


「ん」

陽は黙って右手を見せた。この手から速球が放たれ、日本の野球界を支えるとも言われている。しかし間近で見ると、普通の高校生の手と変わらなかった。それが不思議でならない。
そんな野球界の未来を背負っている右手の親指には、きっちりと包帯が巻かれていた。

「怪我した」

「え」

本人があまりにも淡々と明かしたので、翼も拍子抜けし、大きなリアクションができなかった。

ホームの方から電車が入るというアナウンスが聞こえる。
3人は慌てて改札を抜けた。