「…肉じゃがは、夜で良いんじゃないか?」

「ええ?今日が何の日か覚えて無いの?」

彼女は、明らかに不満そうな目を向けた。

「勿論。忘れるわけ無いだろ」

私は、食パンに目玉焼きを乗せ、かぶり付きながら答えた。

「じゃあ、分かるでしょ?今夜は御馳走だもの。肉じゃがは、早く片付けて貰わなきゃ困るの」

そう言うと、子供が駄々をこねるように頬を膨らませて唇を突き出す。

「わかった。わかった」

笑いながら宥(なだ)める私を軽く睨み、ぷいと横を向く。

「私は、楽しみにしてたのに…」

小さな声で呟くと、少し俯いた。

私は、静かに立ち上がり、彼女の傍に歩み寄る。

肩に優しく乗せた手に気付き、彼女はゆっくりと顔を上げる。

「じゃあ、今夜は楽しみにしてる」

微笑みながら伝えると、彼女は、私の腰にぎゅっと抱き着く。

「うん!楽しみにしてて」

腹部に顔を埋(うず)めながら強く頷くと、ぱっと思い出したように、私を見上げる。

「早く買い物行かなきゃ。誠一さんが帰ってくるまでに作らなきゃいけないんだもの」

明るい表情が戻り、嬉しそうに微笑む。

「機嫌治った?」

「ううん。まだ」

笑顔で首を振り、そして甘い声でねだる。

「キスしてくれなきゃ、ヤダ」

ふふっ。

あまりの可愛さに口許に笑みを浮かべながら、優しく唇を触れ合わせる。

名残惜しい唇を離し、覗き込んだ彼女は「もっと」とせがむように、私を見つめる。

「お楽しみは、後で。ね?」

「…はーい」

「じゃ。行ってきます」


いつも通りの朝…そのはずだった。