結局、クリスマスの話は保留になった。
美弦はあいかわらず顔を赤らめたままで、2人で残りの道筋を進む。
俺は美弦が寒くないように少し前を歩く。
でも美弦は俺の腕にしがみついて無理にでも隣を歩こうとする。
そんな仕草が愛おしくて自分の心が満たされていくのが分かった。
こんな風にして俺達の距離は縮んでいくんだと。
間違っても離れていくことはないんだと。
言葉にしなくても伝わる。
そうだ…焦らなくてもいい…。
時間は沢山ある。
美弦と俺の時間はまだ始まったばかりなんだから。
そうのんきに考えていた俺に終わりは突然やってきた。
マンションまで来ると俺の目はある車に釘づけになった。
嫌な予感がする…。
「久しぶりだな…」
運転席からでてきたのは俺の記憶の中に埋もれていた“あの人”だった。
ネクタイをきっちりと締め、短めの黒髪を軽く整えた眼鏡の奥の眼差しは最後に会った時となんら変わらない。
どうして…ここに…?
俺は驚きのあまり茫然としていた。
もう会うことも話すこともないと思っていたのに…。
だめ…だ…。
目の前が真っ暗になる。
ずっと見ないようにしていた。
俺の心の奥底にしまっておいた古傷。
それが今になってどろどろとした黒い感情を生み出していく。
血にも似た何かが溢れ出す―…。



