ねぇ、とリオの声がして私の右肩にグラスを持ったままの彼女の左手の甲が触れる。わたしは音も色もある世界へ引き戻さる。
少し首を傾げるだけの簡単な返事をして横を向くと、美しい彼女の横顔が照明に照らされいた。
母親がアメリカ人とのハーフだという彼女。祖母がハワイの出だと言っていた。そのせいかどことなくオリエンタルな雰囲気を持ち合わせている。同性からみてもとても魅力的で、思わず見つめてしまうこともあった。
しかし、なにかあるごとに、でもね血が二分のイチ足りないのよ、わたしハーフが良かったの。と言うのが彼女の口癖だ。笑いながら、でも本気で。

アイツ達かわいくない?と、リオがくちびるを尖らせて悪戯っぽく言った。
毎週末ふたりでココにくるのがルーティンワークになっていた。
目的は音楽であり男であり酒や煙草のにおい。それを全て含む空気を体内に取り込んで、寂しいと思う気持ちに気づかないようにした。
結局心は埋まらないのよね、日曜の昼過ぎ目覚めるとまず1番にそう思うのもまたルーティンワーク。
わかりながらも繰り返す自分にうんざりもするけど、まだ止める気はないことにハッキリ気付いてる。
気付いたときには、ココにいるのが顔見知りばかりになっていて、名前もケータイもしらないけど、毎週末は他のどの友達よりも友達らしくはしゃいだ。
みんな、土曜の夜と土曜の夜をつなぐブラックホールの中で生きている。
フロアにいる客たちは、自分も含めてそんな風に見えて気持ちが萎えた。だけど、カウンターで一杯めのチンザノを受けとった瞬間には、すべての気持ちがリセットされてしまう。


私たちは、ふたりで特等席に決めているフロアの1番奥の壁際テーブルを陣取っていた。
テーブルの上には、チンザノの入ったロックグラス、リオのディタ、細いたばこ、水滴。
グラスも水滴も、瞬時に変わるライトの色を反射する。

彼女の視線の先には、少し前の小さなスタンドテーブルの回りに固まっている5~6人の男たちのグループが見えた。
見えた、と言うか見えたフリをした。
中央には彼がいた。

リオはぴっと唇を横に引き、少し口角をあげて笑みを浮かべると、いいでしょ?と言って軽やかに椅子から降りた。
わたしの同意なんて最初から必要なかったかのようなすばやい行動に笑えた。彼女らしい。
高いピンヒールを履いたリオの背筋は伸びていた。

乱雑なテーブル、椅子をよけ、一瞬人混みに溶けながらも、目的地であるテーブルにたどり着いていた。
身振り手振りでなにかを説明しているような彼女の後ろ姿が見える。
数秒して、ぱっと彼女が振り返ると、彼女の人差し指が空気を引っ掻いた。
グロスをたっぷりと塗った唇が、照明を反射しながらまるで生き物のようにうごいた。
唇は、カモン。と読めた。