「あの野郎」

顎に痛みを覚えながらも、十分程度は走らされた。

「何の缶だ?」

紅いラベルの五百ミリリットル缶には何も表記されていない。

冬狐の事だ。

何かを仕込んでいるとはいえ、今飲むべきではない。

「ち、面倒くせえ」

冬狐が渡したという事は、近々戦闘が起こる可能性があるか。

顔を上げると、見覚えのある顔が前を歩いている。

名前は、葉桜千鶴だったか。

「おい」

「あ、はい」

葉桜妹は目を紅く腫らしながら、生気を失っているかのようだ。

「犬神、さん」

「テメー、ここで何をやっている?」

「何も。ただ、散歩をしてただけです」

「そうか」

「犬神さんは、何を?」

「ち、散歩だ」

葉桜妹の陰鬱な空気で俺まで暗くなってしまいそうだ。

「そうですか」

俺達の間に沈黙が訪れる。

「じゃあな」

話しかけたのは間違いか。

葉桜妹が情報を持っているとも思えない。

「あの、少しだけ、一緒に歩いてもらってもいいですか?」

「面倒くせえ」

「そう、ですか」

葉桜妹は今にも泣き出しそうな顔になりながら、背中を向けた。

「ち」