それから少ししてから知った。
彼は『誠(セイ)さん』と呼ばれていた。
河村が呼んでいるのを聞いて覚えたのだ。
しかし、なかなか
初対面の相手を下の名前で呼ぶのは
緊張して、さらには何だか躊躇われ、
私は彼の名字、
『楠原』に『くん』を付けて
楠原くん、と呼んでいた。
出会った時から
距離感を大切にしてくれていて、
何だか傍にいるのが
心地良いと感じていた。
私が自転車をゆっくりと漕ぐのが
苦手だと気付いた時には、
自分から自転車を降りて
「歩こうか、
自転車ゆっくり漕ぐの、苦手みたいやし」
と声を掛けてくれる。
そういうヤツだった。
決して派手じゃなくて目立たないけど、
心の奥は優しいヤツ。
気の配れるヤツ。
それが私から見た『楠原くん』だった。
そして、そんな楠原くんが、
私は何だか気になり始めていた。
好きになりそう、って、そう思ったんだ。
まだ春も暖かい、5月頃の話。
