そう呼ぶ声は悲鳴のようだった。


自分が育てた獅子が美冬のもとに来ようとするのがつらいのだろう。


自分こそが獅子の母親であると、私を見下ろして目じりに涙を溜めた滝を思い出す。


取ってくれるな。


そう言った。
 

美冬は何もしていない。


ただここで座り込み、今日のように涙を流していただけだった。


あれから滝は、美冬の目を見ることを避けた。


「姉さんのそのつらそうな目が呼ぶのよ」
 

そう言った。
 

けれど、獅子は襖の中に入って来たりはしない。


襖を開けることもしない。


だから美冬の目を見ることなんてない。
 

獅子は獅子なりに育ててくれた滝に義理を持っているのだ。


まだ小さいのに、そんな風に出来るのが美冬は羨ましかった。
 

美冬はこの部屋で育った。


食事もずっとこの部屋に運ばれてきた。


この部屋には美冬が生活するための何もかもがそろっていた。


だから美冬にとってはこの部屋が世界のすべてだった。