門限9時の領収書


自分が過ごしてきた家に好きな女の子が居るなんて不思議だ。


「凄い、綺麗、一軒家いいなー、新し……新築ー? ひろー」

「リフォーム?、なんか建て直し?、増築?した。二年前くらい?」


キョロキョロと見渡す結衣の斜め後ろをゆっくりと進む。

まだ緊張しているらしく、彼女のマシュマロみたいなホッペが若干強張っていて、

そんな違いが分かる自分が嬉しい。


一年前の洋平なら気付かないことを、彼女が好きな今の自分なら分かる。

それは手の平サイズの素敵な話。

高性能なデジカメに記録するのではなく、忘れっぽい脳みそに記憶してしまいたい。


――なんと、また意味不明な洋平によるお喋りが始まったとうんざりするのは早い。

これからがファーストキスを夢見て頑張る少年の観察日記である物語のイントロなのだから。

今からが本番らしい。


「はいレポート開始、探訪して」

ずっと肩に力を入れたままが気の毒なので、洋平は結衣にムチャブリをしてみた。

「え?、あは、ワタナベさん! 綺麗ですねー……田上結衣のお宅探訪〜、あはは。旦那さんが建築士で?」


若き父親は食品会社の営業マン。

けれど乗っかって「はい、内装にこだわってこの壁なんか打ちっぱなしなんです」と、

明らかに壁紙が貼られた部分を洋平は叩いてみせた。

すると、「これは凄い、ほー、良いですね、観葉植物が絵になりますねー分かりました」と、被せる彼女。

こんなやりとりは ゆるくて楽しい。

趣味と言うか、笑いのツボが似ていると実感するばかりだ。


「造花だけどな? あはは」

教室に溢れる笑いと同じ。
少し和らいだ表情に一安心。

手を洗ったら部屋へ行くよう再度促し、

紳士な彼氏らしく、おもてなしをするホストらしくゆとりをもって洋平はキッチンへと向かった。