家の生活感がきつかったのかとか、玄関ホールが狭かったのかとか、
靴箱の上に飾られた家族写真のホームドラマ感に引いたのかとか、
洋平の頭にはたくさんの嫌なことが浮かんだ。
けれども、そんな彼氏にお構いなく、薄いオレンジ色のグロスを塗った彼女の唇が、
「手ー」と、音を作った。
「……うん? 、て……?」
「手、……え、洗わな、? ……手、外、……から、ばりばり来た、し」
空になった両手を合わせる真似をした仕草にピンときた。
そういえば結衣は毎回ご飯屋さんに入ったら、食べる前にきちんと手を洗いに行く。
つまり外出して帰宅すると手を洗う習慣がついているのだろう。
子供のようにママとのお約束を守る些細な点に好きが増えて、洋平の胸の中がふんわりと柔らかくなった。
心にピンク色のマグカップがあれば、蜂蜜で甘く蕩け出しているはずだ。
「あ、そっか。うん、あはは。うん。こっち」
若干会話がぎこちなくなるのは、お互い緊張しているからで、変な感じだ。
普通の恋人たちも、自宅でのファーストセッションはこんなに照れ臭いのだろうか。
だとしたら、家庭訪問に向かう担任の先生は大変だと尊敬してしまう。
ほぼ初対面にもかかわらず、ぺらぺら流暢に喋られるのだから。



