門限9時の領収書


友人の雅と知り合って約一年。

彼はわざと髪を染めている。
――絶対にそうだと踏んでいる。


なぜなら黒髪の中学時代の写真を以前見たのだが、あれは最強だった。

めちゃくちゃ格好良かった。男から見ても最高に憧れた。

雅には黒髪こそが似合う。


そこで暇人な洋平はある一つの考えにたどり着いた。

恐らくモテることに疲れたから、彼は故意に茶色に染めているのだと。


『洋平、結衣ちゃん絶対家誘われたら喜ぶと思うよ』

真っ白な歯を覗かせ、やんちゃに笑ってみせる友人に、

相槌の流れを無視して「絶対に黒髪似合うのに」と言うと、困ったように洋平とお揃いは嫌だと言われた。


ふにゃりとした笑顔ばかりする――どうしてこの人はいつも口角が上がっているのだろうか。

その理由を知りたいような、聞いたらいけないような。

ハタチになったら聞いてみたいと思う。


――が、洋平は分かっている。
自分が知ることはないのだと。


もしも何か理由があったとしても、

雅に限り昔は苦労しました的な小話をペラペラ披露しない。

そう確信している。

海辺や星空の下で男女や仲間が人生を語れば、愛が深まったり絆が強まったりするとされる傾向があるらしいのだが、

普通に考えて過去の苦労や辛さを喋れば喋るだけ、安っぽくなる気がするのは自分だけなのだろうか。


例えば男。
昔両親に捨てられた傷があるが、そんな辛さを見せない社長が居たとして。

彼がぺらぺらと好きな女にその秘密を明かすのは違うのだ、黙る方が粋がある。


近年は陰のある男がブームらしいも、訳ありな昔を感じさせない今の自分を語らない人が当て嵌まるだけで、

女子がきゃあきゃあ話している先輩たちは、

武勇伝を語っちゃう系だから違うように洋平は思う。

(思うだけで言わないのは紳士だから。彼女らの夢に水を差すなんてセンスがないから)


完璧な王子様は寡黙な雅のことだと思う。

――なんて夢見る乙女たちから反感を買う恐れがある為、

ヘタレな洋平は女友達に言えないけれど。