洋平は“田上結衣”が好きだ。ポップに下の名前を呼べないくらいに。
――付き合ってこのかた友人関係の延長と言っても過言ではない。
二人で居るといつも爆笑、しっとりした雰囲気になることはない。
指に髪を通したり、露骨に言うなら下着姿にしたりなんてない。
それは幸せだと思う。一緒に居て無条件で笑える間柄は貴重だ。
彼氏になれて良かったという気持ちは増える一方で、この恋心に嘘はない。
……。
背もたれに体重をかけて、天井を仰ぎ見た。
……そこに居る少年はすこぶる笑顔。
笑うことに嘘はないのだけれど……
「んー……ね。まあ、うん、なんかなー……それなりに悩める訳っすよ」
休み時間は各グループの会話が重なり雑音を作る。
机の数だけ悩みがあり、椅子の数だけ人生がある。
そこに深さがあるのなら、比べるのは間違っているけれど、
誰が一番“辛さ”を経験していて、誰が一番“幸せ”を感じているのだろうか――
例えば近藤洋平と市井雅、どちらの生き方に“重み”があるのか。
そんなことがたまに気になる自分は、なかなかの愉快犯かもしれない。
(なんて暇を潰すには有意義だから悩んでいる形をとるだけで、本当は洋平の頭の中はキスのことのみなのは秘密。
なぜなら女子は悩み抜く姿に惚れるらしいので、彼はマニュアルをなぞっているだけ)
『ふうん、洋平気持ち悪、……あんまそーゆ話好きくない』
聞く気がないのだろう、雅は人差し指に消しゴムを引っかけ、手の平で弄り始めた。
……。
この手の話は低レベルだと言えばそれまでだが、
本人からすれば結構真剣で重要で、一生の中で数回ある一大事だったりする。
それこそ大人からすれば、黒板消しですぐに拭われる程度の悩み……青臭い、そんな表現がすべてを物語る感じ。
どうか呆れずに――どなたか彼の恋を見守ってやってくれないだろうか。



