……ファーストキス
赤っ恥もアリかと思う。
これはウケ狙いであり冗談でありコメディタッチな言動なのだと、
取扱説明書を真似て先に注意書きを添えれば、洋平には逃げ道ができる。
だだ滑りだろうが構わない。
内輪ネタでもたまには外す時があるし、前述したように これはユニークなネタなのだから大丈夫。
それに、ここは踊り場だから。
加えて彼女はあの田上結衣なのだから。
好き、だし。
洋平は片膝をつき、結衣の片手をさらった。
そして手の甲に軽く唇を落とした。
躊躇いはないし、後悔はない。
見上げた結衣は真っ赤な顔をし、目を見開いて固まっていた。
素早く「俺のがキツイだろ? 勝った」と、失笑気味に確認すると、
「やだー、偽物、王子様もどきだしーウケる」と、桃色の肌をした彼女は笑ってくれる。
そう、いつだって同じテンションを共有してくれる人。
つまり、洋平が執筆している物語のヒロインを素で演じてくれる人。
笑顔がある関係は、きっと抱き合う関係より尊い気がした。
――しつこく決めてみたらしい。
洋平は知らないようだ。
彼にとってはお気に入りの切り札フレーズらしいが、
元々が誰の心にも響く文章ではないので、何度繰り返しても無駄なのだということを。
笑顔がある関係とは何?
きっととか気がしたとか、全体的にあやふやなのは何故?
抱き合う関係? 尊い? ハテナだ。
意味不明なので、恐らく皆、もう金輪際口にしないよう洋平に願いたいことだろう。
このように彼が作る世界はいつもお粗末。
そこで穏やかに暮らす結衣。
だから二人は幸せ者。
誰にも分からなくていい。
二人だけのお城。
……――なんて訳にはいかない、これまた今までの洋平による傾向から分かることであろう。
そう、いつだって二人は皆と触れ合うことで好きを増やしていきたいのだから、
皆の中で成長させてもらいたい――そんなモチベーションの自分たちが好き。
ほら、素敵に自己愛カップル。



