お花畑の世界に洋平と結衣、そこに加わった結婚というメロディー。
「んー?、お嫁さん、あはは……。ねー」
子供が寝言を唱えるように、むにゃむにゃ唇を曲げて洋平は蝶々を追いかけていた。
その世界は二人きりの場所――だが、
『結衣ちゃん可愛いよねー』と、一人の男の声が響く。
ここは現実、教室という閉鎖的空間。
京都の町の碁盤の目ではなく、均等に机が並んだここは自分たち学生が生きる世界。
「は、お前なに勝手下、名前、届け出はしたのか? 受理してない、つか、何、結婚? なんだよメルヘン」
一気にリアルの世界へ戻った洋平は毅然とした口調で尋ねた。
しかしながら、雅のふにゃりとした笑顔に怒る気はわかなくて……
…………。
カップラーメンを食べようと思ってポットのスイッチを押したら、
お湯切れだったくらい何とも言えないやり場のない気持ち。
雅は洋平が彼女を田上さんとしか呼べなくて、結衣も結衣ちゃんも口に出来ないことを分かって言うのだ。
わざとからかっている。
『洋平、近藤結衣って語呂良くない?』
「お前うっざ、関係ないし。宿題、早くしろよ、てか婿養子、我は田上洋平かもですよ?」
こんな日常、他意のない言葉の掛け合い、それが男子高生の普通。
恐らく本人たちも己の発言を振り返ろうが、中身を見つけられないレベルのお喋りであろう。
『洋平顔まっか』
会話の流れに名前を連発するとくどくなるし、例えばドラマだと不自然なのだが、
彼になら名前を呼ばれたい、そんな不思議な感覚をもたらすのは、
学年で一番人気者であり俺の親友である市井雅という十六歳。
……多分、……自慢の彼女がドキドキしている異性の一人でもある。



