――盗み聞きなんかするつもりはなかった。
ただ聞こえてきたのだ。
(つまり立ち聞き)
『ぽこりん来るって?』――彼女の友人の発言。
「うん。でもお母さん居る日にって。誠実くない? しっかりしてるくない? 他の男子と違うよねー、さっすがアタシの彼氏様」――これは彼女の発言。
そして、ついにキスをするのかと友人が結衣に尋ねた。
洋平としても気になったので、勇気を出して三段こっそり上がったのに、
期待とは異なり「まだ恥ずかしい、」――そう言うものだから、かなりショックだった。
皆も照れ臭いまま緊張したままキスをするものなのだから、
恥ずかしいが理由なら、一生できないじゃないかと。
けれど、
「ファーストキス、七夕の日がいい」
はっきりとそう言った。
結衣が言った。
シュガーボイスが聞こえた。
聞いてしまったのではなく、あくまでも聞こえてしまった。
彼氏の権利は五つある。
一つ目は彼女を愛する権利。
二つ目は彼女の隣を歩く権利。
三つ目は彼女に触れられる権利。
四つ目は彼女に愛される権利。
そして五つ目は彼女の……――
いいや、秘密。
これは洋平の気分で変わる安定しない格言だから。
ストロベリーパフェの仕上げにかける苺ソースのように甘い音色をした結衣の可愛らしい願い事。
織り姫や彦星を信じる歳は余裕でオーバーしているが、
(牽牛星は漢字が堅苦しいから彦星派の洋平だ)、
彼氏だったら夢を叶えてやりたいじゃないか。
――あの日から決めている。
なのに、自分の前に居る少女が囁く……
「キスして」
――――それは本心?
嘘をつかせてしまっている。
彼氏が歩幅を合わせないから、彼女は必死で追いかけようとしてくれている。
だから、洋平が筆をとる物語――王子様の台詞を感情込めて読むなら、
「分かった分かった、グリコの続きがしたいんだな?」
――笑ってこう言うまでだ。
格好悪くも、格好良い。
別に格好悪かろうが格好良かろうが、どっちの洋平でも結衣に惚れられているから問題ない。
どっちでもときめいてくれるから大丈夫。



