踊り場まで上がった洋平は結衣の瞳を見つめた。
いつもは逸らす癖に、今日は逃げない狡い人。
真っ赤な顔をした髪の毛が長い人は、どういう訳か瞼を伏せた。
隠れた目、眉間のシワ、――ジルコニアのピアスの光りを集めたかの如く潤む唇を少し差し出して。
ワンピースのポッケで揺らぐのは、Yの文字の携帯電話ストラップ。
、…………
……え、?
これはファーストキスのプレゼントで、
スカートを握りしめている結衣の手は震えている。
一つ、足を進めた。
近づいた距離。
ホッペに手を添えるのか、腰に腕を回すのか、後頭部を包み込むのか――選択肢は未知数だ。
さすがにオシャレ過ぎる為、最初から顎に手を添えられない。
いきなりのデザート(スイーツ)に、どうしたらいいのか。
斬新な絶品を前に、洋平は食べ方が分からない。
湿気た風が柔らかい髪の毛を揺らし、甘い香りで誘う。
幻のような現状に、洋平はただただ立ち尽くしてしまっていた。
イメージトレーニングは無意味ならしい。何も手をつけられない。
、……なんで
瞬き以外でアイホールを見るのは初めて。
アイラインを引いていないと気付いていたが、代わりに長いまつ毛の付け根の辺りは、
肌と馴染む優しい色で静かにお化粧されてあり、
黒目の上の一センチくらいはアイシャドーの色が少し濃かった。
――なんて目元の観察をする場合ではない。
それよりなにより、表面をコーティングされているたっぷりとした唇の破壊力ったら半端ない。
口づけをする前から、洋平を緊張させてしまう。
コンフィチュールみたいに甘そうで、糖分を避ける彼としては戸惑ってしまうばかりだ。
そうこうしていると痺れを切らしたのか、ゆっくりと瞼を持ち上げた結衣に、
「早くキスしてよ! 恥ずかしいじゃん」と、ホッペを膨らませ叱られてしまった。
――辱めかと笑う彼女。
――いつものように爆笑する彼女。
だから、まだまだ駄目な彼氏だと情けなくなった。
あの日――――



