門限9時の領収書


不穏な空気を掻き消したのは携帯電話の着信音ではなく、

一定のメロディーを奏でるバイブレーション。

鞄の中に入っているにも関わらず、連絡がきたと煩く主張する――どこがマナーモードなのやら謎だというのはよく耳にする身内ネタ。


洋平は対面する人と同時に携帯電話を弄りながらコミュニケーションを図るスキルがない為、

人と居る時に着信メロディーを響かせたくなかった。

(TVを見ながら勉強は可能な癖に)


『メール?』と反応を示す雅に、「らしい。現代人」と、洋平は笑ってごまかした。

ファミリーレストランでよく見かける風景――とある女子高生が彼氏とメールをして携帯電話に夢中、

向かいの席の子には適当な相槌(うそー・ウケる・分かるの全国共通商品券並にマルチワード)しか提供しない言動は、

他人がするには構わないが、
なんとなく自分はそのような立ち振る舞いをしたくはなかった。


人として大事なことが少々欠落している気がしなくもない故。


そしてまた――、

『愛しの女神から? メールしてやりなよ』と、イジる男友達と一緒に居る“今”、

洋平の価値観は洋平が洋平である今、決まっているのだ。


「オンナばっか優先する奴にはなりたくないよ、ヘタレな洋平クンだもの」――と。


既に彼の人間性はご存知かもしれないが、洋平はそういう男だった。

いかなる時も彼女を女神様と崇め、恋人ばかりを最優先する生き方はしたくない。

いつだって皆を大事にしたいじゃないか。

欲張りな自分は結衣だけを主軸に物事を考えたくない――美徳というよりは、皆に嫌われたくないからかもしれない。


だから洋平は彼女のメールを放置するし、似た者同士である結衣は彼氏の意思に共感しているので、

何かしたのかなと怒ったり悩んだりしないし、マクられたと彼の返事を気にしたりしないのである。



『じゃ、俺がメールしよ』

雅が携帯電話を開くから、暗闇に星みたいに白い筋が浮かんだ。

あまりに眩しいので、洋平はつい枕で防御して瞼を閉じた。


明け方の空は誰のもの?