本人に自覚はないのだけれど、洋平は良平と話す時になぜか女言葉になっていたりする。
そんな小意気な演出をした覚えはないつもりだから、癖なのかもしれない。
「はいはいはい、早く寝よ、お兄ちゃん忙しんだから、ね?」
来月が締め切りのローカルなコンペにイブニングドレスを出したいので、
時間もないことだし作業を再開させなくてはならない。
今夜は兄の部屋で寝るつもりらしい弟にシーツを被せてやろうとしたら――
すばしっこいのは年齢が一桁のせいだろうか。
『おとーさーん!』
叫ぶやいなや、ちびっこがベッドから飛び降りドアをすり抜け、
階段を駆け降り向かう先に最悪な予感しかしない。
「っ、りょー?!」
急いで後を追うも育ちの良さが相俟ってか、
丁寧にドアを閉めて近所迷惑にならぬよう足音を控え慎重に階段を降りる洋平――
(これこそ結衣が惚れた要因でもある彼の人間性だったりする)
そうこうする間に、リビングから聞こえてきたのは、
『お兄ちゃん結衣ちゃん独り占めするー! ずるーいずるいずるーい』という喚き声。
ああ、弟君に何か悪いことをしただろうか。いいや、洋平は溺愛してきたはずだ。
まるでホテルから出てきたところを親と鉢合わせてしまう心境のように、消沈するほかない。
『オレも結衣ちゃんとキスしたい!』
可愛さ余って憎さ何倍だっただろう。動揺百倍なのは確かだ。
「りょお!」と、勢いよく突撃するも、
『お兄ちゃんずるいー結衣ちゃん可愛いんだよーずるーい』
呆気なく撃沈。
…………。
罪なき弟の奥、父親の眼鏡が光ったことを洋平は見逃せなかった。
居間とは一家団欒をしたり、お客様をおもてなしする癒したりする場所だったはずなのだけれど――?



