門限9時の領収書


かき氷をひっくり返したような雲が集まる先は見えない。

夢の国に誘う秘密の隠し扉はいまだに捜し出せないでいる。


「ウケる、なんかお尻痛いー」

「あはは、でこぼこトラップ」

甲高いシュガーボイスは女の子らしいもの、低いハニーボイスは男の子らしいもの。

――恐らく“若い”彼らの日常は、
大人たちが街中で羨ましがって眺める特別な映画のワンシーンと化す儚さを纏っている。


「ちょっとダーリンさん安全に行きんさい」

「国土交通省に言え」

つまらない冗談を合図に後頭部に乗っかる彼女の笑い声が好き。


学校から繁華街まで自転車二人乗りは高校生の定番な交通手段であり、大人たちの叶わない夢。

そんな尊い二人乗りを禁止した法律は、青春時代を台なしにしたいのだろうか。


――気になる子、恋人、男友達、女友達、誰と乗るかで全く世界は違って見えて、

見慣れた道路標識や角の本屋さん、丹精込められた綺麗なお花が溢れた民家の庭、

他校生とすれ違う時、信号待ちの時、トラックと並走する時、

楽しくて楽しくて堪らないアドベンチャー、卒業してからの淡い記憶になるのだ。

――暑さも日焼けも関係ない。


自転車は素晴らしい記憶を飾るオシャレなマストアイテムではないか。

外車なんて必要なかった頃――忘れがちな幼さが創る国宝メモリー。


体育があってお腹が空いたので、カラオケに行く前に何か食べたいと言う結衣を、

洋平は愛して止まない。

古典的な女子は少食アピールをする節があるのだが、彼の彼女は違う。

赤子のよう。すぐにお腹が空いたと言うが、食べる量は少ない。なんだか奇特なタイプだ。


「はいはいドーナツ?」

母親の口調を真似てみれば爆笑。
幸せしかない交際は素敵に続く。


彼氏の髪が後ろに流れ、彼女が肩からかけたUVカット仕様のストールは膨らんで踊る。

二つの香りが合わさり、二人だけの色になる不思議。