門限9時の領収書


「あはは、ハニー? ウケる」

泣いている時に飴を食べた子供のようにキラキラ笑う結衣は可愛い。

別に良い、周りが思っているような大人の関係ではなくても。


ハニーなんてつまらないクオリティーの低い冗談に爆笑してくれるなら洋平は満足だ。

人気者の田上結衣がずっと隣で笑ってくれるなら、

自分は普通科男子が羨む贅沢者の彼氏で居られるのだから。


 、俺が一番好きだし。

  ……負けないし

最高に幸せ者じゃないか。


『田上さん何て呼んでんの? コンコン?』

結衣の行く手を阻むように顔を覗き込み、名もなき片割れの生徒が質問をする。

察しが良い洋平だから本当は知っている。
彼女とお喋りをする男子の目は、いつも蕩けていることを。


  ……。

あわよくば二人が破局を迎えないかと、自分を出し抜いて結衣と親しくなるタイミングを狙っていることを。

――知ってしまっている。


袖口から入る生温い風が皮膚をじっとりと撫でた。

綺麗な長い髪の毛が天の川みたいなウェーブを作り、空気中を不規則に舞う。

円みのある下唇、ブラウスを押し込んだ薄い腰、片手で折れそうな細い足首、可愛い可愛い洋平の彼女。


だから――……

「あは、えっと、私はハニーちゃんだか――「普通にダーリンって呼ばれてるから、じゃあ! デートしますんで、またな」


――男子と結衣の会話を強引に切断させていた。

ヤキモチしぃは格好悪いから、睨んだりしない。笑いながら遮っていた。


本当は嫌だ。好きな子が色んな奴に色目で見られていることが。

なんだか他人に汚されるみたいで、不快だと思うことはおかしいのだろうか。

自分以外の人間が隙を狙おうとするから、いつだって凄く不愉快な気持ちになってしまう。


『仲良しこよしー』

『デート? いいな有害』

『ラブラブうっざー』

幼稚な野次の数だけ彼女を大事にしなきゃと思ったし、まだまだ足りない彼氏だと思った。


高校で築く恋愛は三年しかないから――きっと貴重な体験となり、いつかの未来に役立つはずだ。

十六歳、十七歳、十八歳、――取り返せないからかけがえのない一瞬。