甘い薫りは結衣がお気に入りの香水。
鼻をくすぐり骨を溶かす誘い水。
洋平を平常心でさせなくする甘味。


パッツン気味の斜めに分けた前髪が瞳を消してしまう。

世界で一つしかない彼女の鏡に映るのは、彼氏の特権と決まっているのに。


気が付いたら洋平は、「あはは、彼氏からの凝視でした。はは」と、笑ってごまかすように言っていた。


もうこんなやりとりを何回したのか分からない。

何回期待して何回凹んだのか分からない。

自分は彼氏、この子は彼女。
どうして我慢しなければならないのか――


だって、好きな分だけ当たり前にベッドに寝かせたいという気持ちに比例する。
仕方ないじゃないか。
言い訳ならある、『若いから』と。


制御できるのは、結衣の笑顔が好きだからで、それだけだ。

別に抱くだけなら洋平には簡単な話。

でも、それなら相手が結衣であろうがなかろうが全く関係のない話で、そんな主軸がずれた安い愛は要らない。


そう、彼にとって幸せの優先順位で重要なのは結衣を好きだという真心であって、

彼女にはまだ早いのだから、自分は後回しで構わない。


辛抱することに慣れたらいいだけ。



だから……


「それよりさ卒アルとか、見よっか。ベタに」

こう言えばどうなるか分かっている、分かっているけれど……


すぐさま嬉しそうに頷く結衣と――やっと目が合った。


……付き合って日にちは浅いが、喜ばせる術は多少知っている。

どうしてか、このように物分かりの良い自分がたまに嫌になる。

ほら、矛盾ばかりだ。


優しい彼氏の演技ばかり、媚びてばかり……本当は疲れる。


彼氏を癒すのは彼女の役目なのに。
心は毎日幸せにさせてくれるけれど、心以外もと欲張りになる。

本心は違うことを考えている時もあるのに隠して、なんだか結衣を騙しているみたいだ。

人のいいふりをして笑顔を振り撒いて、本当は違う癖に。


そんな洋平を嘲笑うかのように、ストローにオレンジゼリーの色をしたグロスがついている。


もしかしなくとも、これは試されているのかもしれない、十代ののぞまない妊娠を心配する親御さんたちに。