「桐さ、そのグラブ何より大切にしてたんだ。」

あたしは
グラブを両手でしっかりと握りしめた。

「公の兄さんから貰ったものだ、って。」

…知ってるよ。

リトル時代
桐は不器用な性格とその傲慢さから友達は少なかった。
また、彼の才能を妬む者からのいじめもあった。

そんな中で
当時同じチームの兄だけが桐を弟の様に可愛いがっていたと言う。

桐は、兄の後ろをついていっては
野球を教えて貰っていたそうだ。

兄が中学に上がり、リトルから卒業するとき
桐が欲しがっていたこのグラブをプレゼントしたと、よく兄から聞いていた。


「俺、このグラブ見る度に、桐を思い出してさ。…その度に、腹の底から沸々と何かが沸き上がるんだ。…一時期、ずっとそのグラブ見てた事もあったなぁ。」

あたしではなく
あたしの腕にあるグラブを見て、里央は言った。

「でさ、瞳を閉じるんだ。そしたら…真っ暗な闇の中で、グラウンドの一番高い位置…マウンドで、桐が…笑うんだ。」

うん、と
あたしは小さく相づちした。

「で、推薦蹴った。馬鹿だけど…桐の球、諦められんかったわ。」

里央の無理して笑う顔は
あたしまでも切なくさせて

グラブを強く握り締めて

今度はあたしが
里央の頭にリズムを刻んだ。

里央の高い背丈に
小さい背丈のあたしは背伸びしなきゃ届かなくて

必死な姿に
里央は少し吹き出し

ありがとう、と
優しい瞳で笑ったんだ―…。