「恐かったら、帰ってもいいんだよ?」その人は薄い色のサングラスの中の優しげな鋭い目でそう言った。ここは、都会の真ん中、古いビルの5階。薄いパーテンションで仕切られた部屋の奥からは、大きな声で「金払え!」と電話でおどしてる…ヤミ金融の事務所だ。私は、鋭い目のヤクザの向かい側に座り、「覚悟して来ましたから」と、震える小さな声でつぶやいた。ここに来て、お金を借りれば売られてしまう…私はそれを分かっていた。私のつぶやきを聞いた後、その人は立ちあがり奥に向かった。私は下を向いたまま、「腹をくくろう」そう思った…。好きでここに来た訳じゃない、理由がある。欲しい物があってヤミ金に来た訳じゃない…男にハマってお金を借りに来た訳じゃない…家族に…母親に頼まれてここへ来たんだ…つまり私は、母親に売られてヤミ金に足をつっこんだという訳だ。奥のデスクから、ヤクザがもどる、その手には、書類に朱肉、そして風俗の求人誌が抱えられていた。「この書類読んで、ここに印鑑。それから携帯出して、デ−タ取るから。保険証も出して、お金返し終わるまでウチの金庫で預かるからね。」言われるままに、携帯と保険証を出した。そして書類に目を通す…内容なんて分かる訳がない…その時私は18だった…。印鑑をおして、説明をうける。「この20万から、書類代として2万円いただきます。でも書類上は20万ね。そして毎週4万円ずつ、10回で返してね。分かる?」おだやかな口調で、半端じゃない事を言う…ヤクザは、静かににこやかにしている程恐い…。「はい。」他に言葉がなかった。私が何も言わずにいると、デ−タを取り終わった携帯がもどり、保険証のコピーも渡された。そして、風俗雑誌を開き、「ここがウチの知り合いがやってる店なんだけど、ここで働いてもらうからね。仕事も楽だし、社長も優しいから。」笑顔で話すその顔を、黙って見ていた。雑誌に目を落とすと、「ファッションヘルス」そう書いてある。漠然と思った…なるようになる、と。逃げないように、同じ組が経営しているぼったくりのヘルスで働かせる。ヤミ金の典形的なパターンだった。事務所を出る時に、私の手元に残ったお金は18万。それをバックにしまい終わると、反対口にある店へと連れて行かれた。頭の中は真っ白…再び思う、なるようになる、と。母親を怨みながら、店の中へと右足を踏み入れる…その日から、私の体は商品になった…。