十夜の顔がゆっくりとあがり
お父さんがクスリ…と笑う。
「最初は、私が君を育てるなんて…出来るわけがないと思った。
私にはそれを言っていい権利があると…。」
「………。」
十夜は一度静かに瞳を閉じた。
そして、ゆっくりと開き…覚悟を決めた眼差しをお父さんに向けた。
お父さんはそれを確かめるように見つめ返し、また話し出した。
「君は初め、灰音…灰斗の家に預けられていた。
灰斗の両親が君の世話をしてくれていたんだ。
まだ手のかかる幼い灰斗もいて、灰斗の母親…千比絽(チヒロ)さんはとても大変だった……」
…それでも、逢いに行き兄と瓜二つの十夜を見る勇気はなかった…と、お父さんは言った。
何も隠すことなく正直に。
「ある時、私は何をするでもなく…ぼんやりと月を見上げていた。
こんなふうに、縁側に座ってね?」
一瞬のうちにまた狼の姿に変わると大きな足をゆったり動かし、十夜に近づくとヒラリ軽やかに縁側に飛び乗った。
十夜とあたしを交互に見つめ、ルビーの瞳が細められ…笑っているように見えた。
そして月を見上げた。
「…空っぽの私の耳に……声が聞こえた。
ふわりと風に乗って、それは微かに……。
色々なものを喪ってから初めて聞こえた…音だったよ。」
「………。」
お父さんが瞳を閉じると、狼の目にも白くて長い睫毛があって…月の光にキラキラと透き通って見えて、……綺麗だった。


