「遥さん」
「!」
千夏の声で、遥はハッと我に返った。
「……」
「あ…いや…」
黙ったまま自分を見据える千夏の瞳に、遥はたじろぐ。
あんなにあどけない笑顔ではしゃいでいたのに、今の千夏は真剣で大人びた雰囲気を漂わせている。

「遥さん…昔、誰かに嘘つかれたことあるんですか?」
「ね、ねえよ!」
「裏切られたことあるんですか…?」
「うるせーな!!ねえって言ってんだろ!?」

澄んだ千夏の瞳に吸い込まれそうで、遥は視線をそらした。
「私は、嘘はつきません…」
「だ、黙れ…」

「私は、あなたを裏切ったりしない」
「黙れ!!」

これ以上千夏の言葉を聞いていたら、自分の決意が揺らいでしまう。
だが、ここで終わらすわけにはいかなかった。

「……」
ナイフの刃は、千夏の頬をかすっていた。
遥の手からナイフが滑り落ちる。
「遥さん、あなたは全てを疑うことなんてできない人です。本当は信じたいと思ってる」
「……」

そうだ、俺は信じていた。
あの人は絶対帰ってくるって。
信じたかった。
でも……

“私はお兄ちゃんに嘘つかない。お兄ちゃんを裏切ったりしないよ?”

遥は鎖をはずす。
「遥さん?」
「トイレはそこのドアを出て左に行ったとこにある。行け」
「いいんですか?」
「……逃げたら許さねぇぞ」
千夏は笑顔で、走っていった。
「もらすまえに行ってきます!!」
「だからもらすとかリアルな事言うんじゃねえ!!」

原千夏…
光と同じこと言ってんじゃねえよ…。