ったく、調子狂うぜ…。
男──改め、遥は頭を掻く。
学校帰りの千夏を後ろから薬品を嗅がせて眠らせ、拉致し、そのままこの倉庫に連れてこんだ。
千夏の携帯で彼女の親に電話し、身代金を要求。金額は5000万。
本当の目的は金などではないのだが、それよりも遥は、千夏の底抜けの明るさに戸惑っていた。

自分が拉致されているというのに、犯人である自分におびえることなく、それどころか笑いかけてくる。
何なんだ、この女は……。

「遥さん!!」
「!?」
突然名前を呼ばれ、遥は驚いてしまう。
「な、何だよ!?」
「? 遥っていうんですよね?名前」
「は!? あ、ああ…」
首を傾げる千夏。遥が何に驚いているのかわからなかった。

「……で、何だよ?早く言え」
「あ、はい。やっぱりトイレ行きたいんで、この鎖とってくれませんか?」
ジャラ…と鎖を見せる千夏。
「…ダメだ」
「えー、何でですかー?」
「トイレとか何とか理由つけて、逃げるつもりなんだろ」

ナイフを構える遥だが、やはり千夏は怯えたりしない。
「私逃げませんよー」
「そんなの信じられるか!人間はなぁ嘘をつくんだ。嘘をついて生きてくような生き物なんだよ!」

そうだ、人間は嘘をつく…
一度でも信じてしまえば、そこで負け。裏切られたとしても、信じてしまったバカな自分のせい。

“すぐ帰ってくるから”

そう言って出ていったきり、あの人とは二度と会わなかった。