「おや、憲兵さん。ここはしがない酒屋だよ。何か御用でも?」
微笑を浮かべたままカウンターに肘を突く彼女。
ハイネは彼女が現れるなり剣を鞘に納め、確認するよう言った。
「貴女が、ここの店主か。」
そう彼が尋ねるが否や彼女は笑い、そうさ。と頷く。
辺りは緊張の糸で張り巡らされているのに…彼女は至って自然体で。
憲兵の姿をした私達に動じることも無く、只煙管を吸い続けては煙を吐く。
「…では、」
ハイネがそう続けようとした時、私は思わず彼の前に歩み出て…女店主を見た。
「おい、何やってんだフラン!」
小声で私を制止しようと彼は試みるが、私の足はもう固まったように動かない。
胸に手を当てて、震える手を押さえつける。
エルバートを知っている人が目の前にいる。
私は、勇気を振り絞り…口を開いた。
「あ、あの…!…エルバート、エルバート・ローゼンハインをご、ご存知ですか…っ」
声を絞り出すように告げたエルバートの名前。
私は祈るような気持ちで、もう一度彼女の目を見る。
その時。
「…閉店だよ。」
彼女はバーカウンターに持っていた煙管を置くと、小さく言う。
「あ…?何だって。」
客の一人が徐に首を傾げた。
すると彼女は今度は店一杯に聞こえるように声を上げる。
「悪いね、今日はこれで店じまいだ!また明日来てくんな!」
そう言って突然店から客を追い出す女店主。
「は?マジかよ!」
「来たばっかりなのにワケわかんねぇ!」
口々にそう叫びながら瞬く間に店から客が出て行く。
そして数分もしない内に、先程まで沢山の人で溢れかえっていた店内が…
私とハイネ、女店主を除いて誰も居なくなった。