「大変ですね、河野さん」


向かい側の席から、仕事仲間の女性編集者が声を掛けてくる。落ち着いた、女性にしては低めの声。


互いの机の上に山積みになったファイルやら資料の本やらが仕切りになっていて、表情こそ伺えないが、彼女が微笑んでいるのは声の調子からわかる。


返事の代わりに、手を動かしながら話しているであろう彼女を真似て、読み途中だった原稿を広げた。



「鏡華さん、前もあんな感じで凄いワガママでしたけど、担当変わってからますます拍車がかかってますよね。

河野さん、お父さんみたいで優しいから」


「はは、」



俺は鏡華さんの父親じゃないんだから、その辺勘違いしてのワガママだったら、たまったもんじゃないんだけどな。


そう腹の底では思いながらも、愛想笑いで否定も肯定もせず、彼女の言葉を適当にかわした。