“――礼”
食べ終わった二人分の食器を流しに運んで、皿洗いまでしてくれそうな勢いの彼を引き止めるようにその名を呼ぶ。
あたしがオムライスよりも、GODIVAよりも大好きな優しい笑顔で振り向いた。
その手から食器を取り上げて。
「後はあたしがやるから。お風呂入ってきたら?」
“今日、泊まっていくんでしょ?”
そう続けるあたしの言葉に、嬉しそうに風呂場へ向かって行った。
礼が上がったあと、続けてあたしもお風呂に入る。
居酒屋でバイトをしているあたしは、料理やら煙草やらの匂いが体に染み付いていて、どうして今の今まで気にせずにいられたのか不思議で仕方ない。
風呂上がり、ミネラルウォーターを飲み干しながら、テレビのチャンネルをいじる。
「ちー。ちゃんと髪乾かさないと風邪引くぞ」
すると、リビングでコーヒーを飲んでいる礼からお叱りの言葉。
めんどくさい、とそのままのあたしの背後に回り込み、自分の首に巻いていたタオルで、わしゃわしゃとあたしの髪の水気をきる。
ご丁寧にドライヤーまで。
これは、もう習慣になりつつある光景。
礼がこの部屋に泊まる日は、絶対こうしてあたしの髪を乾かしてくれる。
礼はきっと知らないだろうけど。
“めんどくさい”なんて、嘘だもん。
あたしだって女だから、自分の髪がどうでもいい訳ない。
でも、あたしは素直じゃないから。
こんな捻くれた甘え方しか知らないの。
髪やオムライスだけじゃない。
ここで二人っきりで過ごしているとき、礼はあたしをどろどろに甘やかす。
その瞬間、この世にはここほど安心できて幸せな場所なんてないって。
心の底から、そう思うんだ。
