キッチンからはいい匂いと、多分玉葱を炒めてるであろう音。
キッチンに背を向けててもその情景が目に浮かぶなんて、あたしの五感はいよいよやばい。
おいしそうな匂いに耐え切れずに、意地も何も放り投げて。
ソファーを飛び降り、礼の元へと一目散。
「こら、ちー。危ないから向こう行ってろ」
「あたしまだ怒ってんだからね。礼の言うことなんか聞いてやんないもん」
そう言って、フライパンを器用に扱う礼の左腕に腕を絡ませる。
礼の動きを遮るみたいに。
あたしの小さな復讐。
(小さすぎだってことは自覚済み)
「そんな可愛いことしてもだめ。すぐだから、大人しく座ってろ」
あたしの体を反転させて、リビングへ戻るよう促す。
別に、可愛いことするつもりでやったんじゃないんですが。
「ふわふわ卵じゃなきゃやだからね」
あたしのわがままにも、優しい顔で“はいはい”と答える。
実際礼はモテるし(そりゃあもうハンパないくらい)、礼自身友達が多くて楽しいこともだいすきだし。
あんまり積極的に人と接することのないあたしとは本当に正反対の人種で。
それなのに、わがままでヤキモチ焼きなあたしに愛想をつかすことなく付き合ってくれている。
意地張って、強がって、喧嘩して言い過ぎちゃったときでも、最後には『しょーがねぇな』って折れてくれるんだ。
すっごい優しくて、大人で、私にはもったいないような人。
だから、なんで礼があたしと付き合ってるのか、どこをすきでいてくれているのか、あたしには本当にわかんなくて。
愛されてるってわかっているのに、ヤキモチ焼いてこまらせて。
自分でもいやになる、こんな自分。
