「――ちー…」

あたしに触れようとするその手はどこか遠慮がちで。
ほら、やっぱり。
そんな辛そうな顔見たくなかったのに。

それでも止まらない涙が憎い。
ここまできてもまだ、なにも話そうとしてくれない礼のことも。



“礼って隠し事しないタイプだから”

いつかの蘭さんの言葉が蘇る。
同時に、ずっと気になってたあの日のあの言葉。

“昨日会ったときも具合悪そうだったよ”

あれは、授業であったって意味なのか。
それともふたりで会ってたってことなのか。
後者だとしたら、言ってくれなかった礼に尚更不信感が募る。


「お前っていっつもそうだよな。すぐ不安がるのも、ヤキモチ焼くのも、心の底では俺のこと信用もなんもしてねぇからだろ」

ちがう、そうじゃない。

そう言いたいのに。
自分の自身のなさをいつも不器用な形で礼ぶつけていたあたしはなにも言うことができなかった。



「…もういい。なんかもう疲れちゃった。礼なんて、きらい。もう別れよ」

意思とは反して、口が勝手に言葉を紡ぐ。
こんなことが言いたいんじゃないのに。
別れたいなんて、思ってないのに。

帰る、とそう告げ、あたしのほうなんて一度も振り返ることなく扉が閉まる。

途端に溢れ出す涙。
“一筋”なんてもんじゃない。
ゲリラ豪雨の後のダム並。


いつもなら。
喧嘩して意地張って、『もう帰って!!』そう言って礼を追い出して。
そのあと、一人で部屋でめそめそと泣く。

すると、背後から聞こえる、帰ったはずの礼の声。

『言ってから後悔するなら、初めから言わなきゃいいだろ』
『思ってもないこと言って、意地ばっか張んなよ』

ドアにもたれかかって、素直になれないあたしを、待っててくれて。


でも今日は、違う。
本当に帰った。

自分で言っといて。
いつもはいるはずの人がいないことに落胆する。

やっぱりあたしは大事にされてる。
相当礼に甘やかされてる。

それは、分かっているのに。