「あの、ありがとうございました」

なるべく笑顔になるように努めた。
この人のふわりとした笑顔には敵わないだろうけど。


「別に。教室で苦しそうにしてたから、あたしが無理矢理連れて来ただけよ」

腕を組んで、その顔は険しい。
あたしと目を合わせようともしない。

なに…?


あたし達の間に流れていた沈黙を破ったのは蘭さんのほうだった。

「こんなこと言いたくないんだけど。昨日あったときも、彼、具合悪そうにしてたんだよ?そんなことにも気づかないって、彼女としてどうなのかな」

口調は穏やかだけど、その言葉は厳しい。
さっきと違って今度はあたしから目を逸らそうはしない。
なんて返したらいいのか分かんない。


「今、ちーさんとうまくいってるならそれでいいと思ってた。でも、違う。あなたは礼に相応しくないと思う」

“礼のこと、返してもらうね”

不敵な笑みを浮かべて、部屋を出て行った。


言い返したいことはたくさんあった。

“なんで蘭さんがそんなこと言うの”
“会ってなかったんだから仕方ないじゃん”
“返してもらう、ってなに”

でも言えなかったのは。
心の何処かで蘭さんの言ったことが正しいって思ってしまったからかもしれない。



「ちさ、遅ーい!何やってたのよ〜」

「…ごめん、ごめん」

申し訳なさそうな顔をして、とりあえずの謝罪をする。

「んじゃ、出すよ。ちーちゃん家でいいんだよね?」


大地くんの言葉に頷いて、礼の寝転ぶ後部座席に乗り込む。
腰を下ろすと、すぐに膝の上に頭をのせてくる礼。

子供みたいな無邪気な顔しちゃって。
普段なら『人前でやめて!』と押し退けるところなんだけど、病気に免じて許してやるか。