「……形見をね、持っていないのよ」


幼いころに両親を亡くした恵理夜の手元には、両親を思い出せる品が何一つなかった。


「あと、どうしても欲しい楽譜があるのよ」

「……昨日、弾いてらっしゃった曲、ですか?」

「知ってるの?」

「ジョン・レノンの“Happy Christmas”でしょう」

「よく知ってるわね」

「私が幼いころ、入院していた病院で聞いたいたんですよ。隣の病室から流れてきていたので」


春樹も、恵理夜と同様に薬によって体を維持していた。

それ故、組の人間ではなく、恵理夜のそばについている。

そしてそれ故、恵理夜の体調管理には厳しかった。


「私も子供のころ、よく病院で励ますために聞かされたわ」

「思い出の曲、ですか?」

「……大事な曲、なの」


恵理夜は、遠い目を窓の外に向けた。

日は、とっくに傾いている。


「では、夕食の時間までは、頑張りましょう」


それ以上は許さない、と暗に語っていた。

恵理夜は、おとなしく頷いた。