――恵理夜は、居間から続く洋室に飾られたピアノのカバーを開いた。


恵理夜と、稀にシラヤナギが触れる以外に使われることのないピアノ。

父と母はよくこの部屋で演奏をしていたのを思い出し、足が向いたのだ。


「弾いてみようか」


楽譜もなしに、覚えているものを弾き始めた。

寒い季節、両親が奏でていた唯一記憶にある曲。


「なんだ、恵理夜か」

「お祖父様」


一人のスーツにコートを纏った老人が入ってきた。

威厳と貫録に満ちたこの老人は、一家の組長《カシラ》であり、恵理夜の祖父に当たる人物だった。


「恵美子かと、思ってな」


と、老人とは思えないほど快活に笑った。

母娘を間違えるなんて、と恵理夜も笑った。