彼の名は佐倉 政宗(さくら まさむね)。

8年前の旅館全焼事故の生き残りだ。

サクラは、あの忌まわしき事故で最愛の妻・彩(あや)と、娘・杞々巴(ここは)を同時に失った。

悲しみに暮れるサクラ。

だが、奇跡的に生き延びた彼をメディアが放っておくわけもなく、連日に渡って報道を賑わせていた。

それが、彼の心を過去へと縛り付ける要因となってしまった。

妻と娘を失った悲しみは、色あせることなくサクラの胸にあり続ける。

自殺を思い立ったこともあった。

暗闇の中で燃えるロウソクの炎を見つめ


「炎に焼かれれば、2人の元に行けるのか……」


と、本気で考えたこともあった。


そのときだった――


サクラが彼女と出会ったのは。

銀の燭台が激しく揺れ、ロウソクの炎が大きく揺らいだ。


「な、なんだ!?」


驚くサクラの目の前で、炎は巨大な火柱となる。

天をも焦がすような炎の柱。

吹き上げる炎は、固唾(かたず)を飲むサクラの前で、次第にその姿を変えていく。


「なっ……!?」


それは、人の形だった。

長い髪の炎の少女。

やがて炎は、完全に人へと姿を変えると、ゆっくりとサクラの前に降り立った。


「お、お前は……!?」


その口が静かに動く。


「私は火楼(ホロウ)……太古の時代に封印されし魔神……」


少女の見た目そのままの高い声。

だが、発せられるその威圧感に、サクラの背中を冷たい汗が伝う。


「お前の負の感情で銀の燭台の封印が弱まり、この世に戻ることが出来た」


ホロウは瞳を細め、部屋の隅に転がる銀の燭台を見た。

銀の燭台――

それは、2人がまだ生きていた頃、夜店で何の気無しに購入したものに他ならなかった。