女王様と王子様

「じゃ、じゃあ私はこれでっ「沢田さん」

「…!」

「さっきからずっと鞄を気にしてるようだけど、何かあるの?」

「…っ!」


沢田はバッグを守るように抱き締めた。
顔は今にも泣きそうだ。


「さ、さようなら!」


そしてそのまま走り出す。
その時、彼女のバッグの中から何かが落ちた。


『あ、ちょっと!』


呼び止めたが全く気付かず、走り去ってしまった。


『…マスカラ?』


拾い上げると“ボリュームUP!”と書かれたマスカラだった。

ふーん、ほとんどスッピンに近いような子だったけどマスカラとかするんだ。
でも何でバッグからそのまま…


『………まさか』


“万引き”


「そのまさかだと思うよ」


藤臣はあっけらかんと答えた。


『よくそんな平気で言えるわね』

「平気ってわけじゃないけど…」

『……どうするのよ、これ』


そう言って私は拾ったマスカラを見つめた。




─────…




「実は、あれを見たのは初めてじゃないんだ」


道中、藤臣は星が出ている空を見上げて言う。


「ギリギリのところで止めたこともある」

『それであんたを見てあんなに怯えてたのね』

「そんなに怯えてた?」

『半泣きだったわよ』


普段 温厚な奴ほどキレると怖いとはよく言ったものだ。
あの確信付いた言葉攻めは逃げようがない。


「そんなつもり無かったんだけど…悪いことしちゃったな」

『悪いのはあっちよ。万引きなんて信じられないわ』


藤臣は困ったように笑った。